意識と環境と自信

先日、クラブハウスで英語の勉強について、自分の過去の経験も交えてこんな意見をシェアしました。

” 私にとっての語学力習得の鍵は意識と環境と自信です。

自分は10代の時にロンドンに一年間語学留学をしました。学校以外の日常生活を日本人のクラスメートとばかり、いつも過ごしてて、楽しい思い出はたくさんできたんですけれども、語学については大きな飛躍をとげたとは思えない一年でした。

その後、カナダに再度留学。ロンドンの時の経験を意識してあえてカナダ人の中に入り、あえて自分を英語環境に出来る限りおくように心がけました。一時期は数カ月間まったく日本語を話すことも聞くこともない環境に陥ってしまい、久しぶりに日本人の友人と話をした際は自分の日本語がおかしいと感じるほどでした。

そうなるとこっちのものです。英語を話すことに自信がつきました。堂々と自信を持って英語で話せるようになりました。

その後はバランスをとって海外移住者として日本語と英語で自分の環境に満足できる環境で生活しています。”

この時は、英語の勉強法についてしか語っていなかったのですが、これって自閉症児の子育ても含め、私の人生の学びの柱だなって、ふと思いました。

意識と環境と自信。。。

コロナの影響で、外出や人と会う事が減ってしまって悲観する方々が、たくさんいる中、私は快適で仕方がありませんでした。家で自分の好きな事をして、好きな事にチャレンジして、自分の世界に没頭する。

しかしながら、自分の世界に没頭してしまうと、成長に物足りなさを感じるのです。

自分と気の合う友人、家族、同僚。とても心地良い環境と思いながらも、そういった環境ばかりで時を過ごしてしまうと、物足りなさを感じる。そういった事も過去に何度かありました。

違和感を感じながらも”意識”して、自分を違う”環境”においてみる。

試行錯誤して、その環境から、自分が何か成長につながる学びを得られると大きな”自信”が得られるのです。そしてその自信が自分の人生に喜びを与えてくれるのです。

長男が自閉症と診断された時、私は、違和感を感じながらも、どんどん人の輪の中に飛び込みました。

療育のプロと呼ばれる方々、学校の先生方、親御さん達、つながりを求めて、自分の中では、違和感を感じながらも、意識して、いろいろな方々の輪の中に飛び込みました。

そしてその輪の中から、たくさんの事を学び、自分の中に自信を築き上げたのです。

強くなったなぁ。

違和感を感じる事は全然大丈夫!

それを意識して、違和感の環境に自分を投げこみ、学び、そして自信をつける。

そういった自信の積み重ねにちょっとした幸せを感じる今日この頃です。

違いを尊重、受け入れる能力

先日、ツイッターでもふとつぶやいたのですが、8歳の次男が学校のリポートで、自分の得意な事の一つに堂々と大きく”友達を作る事”と書いていました。確かに彼は学校で人気者で友達がたくさんいます。新しい場所に連れて行ってもすぐに新しいお友達を作り、長男を連れて遊びに出かけて行きます。親としては頼もしい限りです。

どうして彼は、こんなに友達に好かれるんだろうっと思ったとき彼は友達の違いを否定せずに受け入れて尊重しているからじゃないかなって思えてきました。違いがあってもそれを素直に受けとめ否定せずに楽しむ。それでも自分の主張は、きちんと伝えます。私と話しているときもそうです。親ですから、やっぱり直してほしいところに気がつくし、指摘するとユーモアたっぷりに返してきて、思わず笑ってしまいそうになることが度々あります。

違いを認められるって能力だと思います。自分と全く違う人、合わない人と接していると違和感を感じます。違和感が長く続くと不快感に変わります。世の中の人が皆、違いを認める能力を高めて違和感を感じず、自然にいろいろな人と接していられるようになれば、世の中、もっと優しい世界になるんじゃないかなって思います。

自閉症という症状が家庭に舞い込んでくると、全てが違いだらけ、違和感の塊がドンっとのしかかったような状況に陥ってしまうことが度々あります。家族ですから違和感、不快、離れようなんて出来ません。違いを受け入れ、違和感を感じない能力が家族の中でどんどん鍛えられていくのです。まだ私は、ある意味、今でも修行中ですが、次男は生まれたときから、その環境で育っているので、すでにその能力が努力せずに伴っているのかもしれません。小さな子どもが海外で育つと英語が自然に身につく。。そんな感じかな。。良い事だと思います。

他人の視線

この季節、クリスマスパーティーが盛んです。今週末も仕事先の同僚に招待されて、大きな邸宅で行われたクリスマスパーティーへ参加してきました。皆、家族で参加、子供たちもたくさん来るとのことで、自閉症の長男ももちろん参加です。同僚は、はじめて会う長男をとても暖かく迎えてくれました。他の子供たちも最初は長男の少し違う面を最初戸惑っていましたが、しばらくすると楽しく仲間に入れてくれました。息子は嬉しくて仕方がないようです。社交家の次男も同年代の男の子と仲良くなり楽しく遊びはじめました。

しばらく私もリラックスして同僚とおしゃべりを楽しんでいたのですが、ふとリビングの片隅に立ってじっとうちの長男を見つめている女性に気が付きました。これだけ長く自閉症児の親をしていると、他人の視線に敏感になり、その人がどういう印象で長男を見ているのかが、すぐわかります。あきらかに彼女は不快感を持って長男を見つめていました。

はじめまして。うちの息子、自閉症なんです。少し違うでしょ。タイミングをみて、私は、そういう人にいつも自分から話しかけます。思いきっりの笑顔で話しかけます。ちょっとした会話をしながら、少しだけ自閉症について、ポジティブに触れていきます。そうなんですか、全然知りませんでした。不快感でいっぱいだった彼女の視線が少し優しくなりました。そういう時ちょっと達成感を感じます。あっ、また一人、自閉症について理解してくれる人が増えたかもしれない。。

逃げるのはカンタンです。他人の視線が気になり、つらくて、その場を離れたいと思った経験は数知れません。でも、その場所が一人でも自閉症について理解してもらえる絶好のチャンスだと思うと、つらいけど頑張ろうって気持ちになります。場所によっては、まわりの人達全員が不快感でいっぱいといった状況もあります。理解を得られずに不快感いっぱいに嫌味を言われるかもしれません。でもその一方で理解を得られて、一挙に場が優しい雰囲気に包まれるかもしれません。話しかけたその人が最大の理解者になる可能性だってあるんです。やらないよりはやってみる。。。ですよね。あくまで自分は。。の話です。

来週も子供連れパーティーだぁ。。頑張ろう。

自閉症スペクトラム児の親になるということ

診察室の片隅で一人静かに遊んでいる3歳の息子を眺めながら先生が言った言葉。

この子は自閉症ですね。大きくなっても多分言葉も話さないでしょうし、着替えも出来ません。トイレも自分で行けないでしょう。

目の前が真っ暗になったのを覚えています。赤ちゃんのときに愛情をかけないでほっておくと自閉症になるらしい。予防注射がいけないらしいよ。食べ物が原因らしい。あれから10年近く経った今、思い返すとあの頃が一番辛かった時期です。今、息子は着替えも出来ますし、トイレも自分で行けます。言葉もたくさん話します。学校も普通クラスで毎日楽しく通っています。あの突き刺さるような言葉の波は、いったい何だったんだろうと今でも思うことがあります。

当時、息子が自閉症だと発覚した時、まず自分に何が出来るかを考えました。自閉症という言葉さえ知らなかったので、インターネットで片っ端から検索しまくったのを覚えています。療育の先生のお話しもたくさん聞きました。息子の療育に付きそいながら先生がどのように指導し、どのような教材を使っているのかも観察しました。良いと思ったもの、自分でも真似出来ると思った方法は、どんどん活用しました。

言語療育の先生から教えてもらった本の読み聞かせは、簡単で誰でも出来る方法でした。数ヶ月読み聞かせを続けて言葉がようやく出た瞬間、とても感動したのを覚えています。

ユーチューブ動画、興味があればチェックしてみてください。

自閉症児の親になるということ。大きな挑戦だと思います。親として悲観的になるのは、当たり前の心境です。感情はコントロール出来ません。ただ、自分に言い聞かせること、口に出して言う言葉はコントロール出来ます。

大丈夫。大丈夫。今のワタシは当時の自分に対して、堂々と言えます。

大丈夫だよ。自閉症子育ては面白い。無限大の可能性を与えてくれる。

思いっきり、思いっきり、楽しめ!